「毎週水曜:バリュー株紹介」第3回です。結論から言うと、日本乾溜工業(1771)は自己資本比率60.8%の財務と国土強靱化の実需を確認できる一方、2026年5月の第三者割当で普通株式数が約2.15倍になりました。会社予想EPS116.20円ではなく、増資後株数で試算したEPS約55.40円を使うとPERは約17.2倍です。見かけの低PERだけで割安と判断せず、希薄化後の利益成長を追う必要があります。
本シリーズは、時価総額300億円以下の小型株を「業績財務」「割安度」「国策テーマ」の三軸で読み解く教材です。第1回の共和電業(6853)、第2回の兼松エンジニアリング(6402)と同じ枠組みで比較します。特定銘柄の売買を勧めるものではありません。
日本乾溜工業(1771)とはどんな会社か
結論: 日本乾溜工業は、道路標示・防護柵・法面工事、道路や構造物のメンテナンス、防災備蓄品などを扱う九州地盤の企業です。福岡証券取引所に単独上場し、2026年7月24日時点の時価総額は約104.8億円です。
主力の建設事業は、交通安全施設、法面(のりめん。山や道路脇の斜面)対策、道路防災、構造物の補修に関わります。防災安全事業では、官公庁向けの備蓄資機材や非常食などを販売しています。
2026年7月24日時点の時価総額10,481百万円を、増資後の発行済普通株式数10,974,300株で割ると、分析に用いる株価は概算955円です。
概算株価955円 = 時価総額10,481百万円 ÷ 発行済普通株式数10.9743百万株
時価総額は市場データ、株式数は会社開示に基づく逆算です。実際の約定価格とは時点や端数が異なる場合があります。
今回の核心:増資前EPSを鵜呑みにしない
結論: 会社予想EPS116.20円は、2026年5月の大規模な第三者割当前の株式数を基礎としています。増資後の企業価値を比べるには、純利益予想を増資後株数で割り直した「希薄化後EPS」を併記する必要があります。
同社は2026年5月21日、普通株式5,872,300株を1株1,032円で第三者割当しました。発行済普通株式数は5,102,000株から10,974,300株へ増え、約2.15倍になりました。株式数が増えると、同じ利益でも1株当たり利益は小さくなります。ホールケーキの大きさが同じまま、切り分ける人数だけ増えるイメージです。
会社の2026年9月期純利益予想600百万円を、増資後の発行済株式数から自己株式144,854株を除いた10,829,446株で割ると、プロフォーマ(増資が期初から反映済みだったと仮定する概算)EPSは約55.40円です。
希薄化後EPS約55.40円 = 純利益予想600百万円 ÷(発行済普通株式10,974,300株 − 自己株式144,854株)
希薄化後PER約17.2倍 = 概算株価955円 ÷ 希薄化後EPS55.40円
一方、会社予想EPS116.20円を使う見かけのPERは約8.2倍です。約8.2倍と約17.2倍では印象が大きく変わります。これは会社の開示が誤っているという意味ではなく、決算短信公表時点の株式数と、その後の資本構成が変わったためです。正式な通期EPSは期中平均株式数などにより決まるため、約55.40円は比較用の推計値です。
バリュー株を見る三つの視点
結論: 内部評価(アナリスト分析による社内スコア、10点満点)は、業績財務7点・割安度5点・国策テーマ8点です。財務と政策実需は確認できますが、割安度は希薄化後PERで見ると中立に近い評価です。
| 視点 | スコア(10点満点) | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| 業績・財務 | 7 | 自己資本比率60.8%、ネットキャッシュ概算60.76億円。ただし連続増益ではない |
| 割安度 | 5 | 増資後PERは約17.2倍。増資後PBRは正式BPSが出るまで算定保留 |
| 国策テーマ | 8 | 法面・道路防災で国土強靱化の実需を確認。ただし受注保証ではない |
業績・財務(7点):主力は増収増益、全社利益は減益
結論: 2026年9月期中間期は売上高114.06億円と増収でした。主力の建設事業も増収増益ですが、全社営業利益は資本施策費用などにより8.3%減少しています。
| 指標 | 2026年9月期中間期 | 前年同期比 |
|---|---|---|
| 売上高 | 114.06億円 | +7.8% |
| 営業利益 | 7.84億円 | -8.3% |
| 経常利益 | 8.25億円 | -7.0% |
| 親会社株主に帰属する中間純利益 | 5.54億円 | -5.6% |
| 建設事業の売上高 | 97.48億円 | +9.3% |
| 建設事業のセグメント利益 | 10.95億円 | +8.8% |
会社は2026年9月期の通期予想を、売上高200億円(前期比13.7%増)、営業利益9.40億円(同34.7%増)、純利益6.00億円(同13.6%増)で据え置いています。ただし、同社は公共工事の検収により中間期へ売上が集中しやすいと説明しており、中間進捗率だけで通期上振れを推測することはできません。
財務面では、2026年3月末の自己資本比率は60.8%です。現預金62.48億円に対し、短期借入金1.22億円、長期借入金0.50億円で、ネットキャッシュは概算60.76億円(62.48−1.22−0.50億円)です。中間期の営業キャッシュフローも3.65億円のプラスでした。
一方、2025年9月期は売上高175.94億円(前期比0.3%増)に対し、営業利益6.97億円(同20.1%減)、純利益5.28億円(同23.3%減)でした。複数期にわたる連続増益企業ではありません。また、中間期の増収には新規連結した西部保安ホールディングスの寄与が含まれ、既存事業だけの成長率は開示資料から分離できません。
割安度(5点):希薄化後PERを確認し、PBRは算定を保留
結論: 希薄化後PERは約17.2倍です。一方、増資後PBRは、FCP18取得、吸収合併、第1回優先株式2,000,000株の消却、発行諸費用などが純資産へ与える影響を現時点の開示だけでは確定できないため、次回決算で正式なBPSが示されるまで算定を保留します。
第三者割当の払込総額は60.60億円ですが、発行諸費用の概算1.63億円を差し引いた手取概算額58.97億円は、FCP18の全株式取得へ全額充当されました。したがって、払込総額を2026年3月末の自己資本へ単純加算して増資後BPS(1株当たり純資産)を求めることはできません。
さらに、取得したFCP18の吸収合併、FCP18が保有していた第1回優先株式2,000,000株の消却、取引費用なども反映する必要があります。取引後の純資産は現時点の開示だけでは確定できず、増資後PBRは次回決算で正式なBPSが出るまで算定保留とします。
比較対象の積水樹脂(4212)は2026年7月14日時点で予想PER17.88倍です。事業規模や上場市場が異なるため単純比較はできませんが、日本乾溜工業の希薄化後PER約17.2倍は同社に近く、利益面で明白に割安とは言い切れません。PERなどを業界ごとに比べる理由は業界別の株価指標の目安で解説しています。
国策テーマ(8点):国土強靱化が法面工事の実需へ
結論: 国土強靱化は単なる連想ではなく、会社が中間決算で法面関連工事の増加要因として明記しています。ただし、政策の総事業費が同社の売上になるわけではありません。
第1次国土強靱化実施中期計画は2026年度から2030年度までの5年間を対象とします。国土強靱化年次計画2026では、推進施策の事業規模を5年間で「おおむね20兆円強」、初年度を約4.1兆円(うち国費約1.9兆円)と整理しています。内訳は、防災インフラの整備・管理が約5.8兆円、交通・通信・エネルギーなどライフラインの強靱化が約10.6兆円です。
同社の法面対策、道路防災、交通安全施設、メンテナンスはこの政策領域に接続します。実際、中間決算では「防災・減災および国土強靱化対策の進展」を背景に法面関連工事が増え、建設事業は売上高9.3%増、セグメント利益8.8%増となりました。
ただし、20兆円強は政策全体の規模です。同社の利益になるまでには、国や自治体による発注、入札での受注、施工人員の確保、資材・労務費の価格転嫁が必要です。「国策テーマだから業績や株価が上がる」とは限りません。
強気材料と弱気材料
結論: 強気材料は財務余力、政策実需、資本・営業連携です。弱気材料は大幅希薄化、親会社支配、利益の質、福証単独上場による流動性です。両面を同じ重さで確認する必要があります。
強気材料
- 財務余力が大きい: 2026年3月末のネットキャッシュは概算60.76億円で、中間期の営業キャッシュフローも3.65億円のプラスです。
- 政策が実需へつながっている: 国土強靱化を背景に法面工事が増え、主力建設事業は増収増益でした。
- 通期会社予想は増収増益: 売上高200億円、営業利益9.40億円、純利益6.00億円を据え置いています。
- 既存の手元現預金を成長投資へ使う方針: 第三者割当の差引手取概算額58.97億円はFCP18取得へ全額充当されました。一方、それにより温存される既存の手元現預金は、基幹システム更新、人材投資、設備投資、老朽化した拠点の更新、九州でのM&Aを含む成長投資へ活用する方針です。
- 麻生グループなどとの連携余地: 受注、施工、資材調達で相乗効果が具体化すれば、成長の選択肢が広がります。
弱気材料
- 1株利益の大幅な希薄化: 発行済普通株式数は約2.15倍となり、会社予想純利益を増資後株数で割ったEPSは約55.40円です。
- 親会社による支配条件: 株式会社麻生が議決権50.10%を持つ親会社となり、取締役1名の指名権を持ちます。一定事項には麻生の事前承諾が必要です。また、麻生による株式売却以外の理由で議決権比率が50.1%未満になった場合、会社は麻生と協議のうえ、会社負担で50.1%以上へ回復する措置を直ちに行う合意があります。将来の資本政策や少数株主への影響を要確認です。
- 配当性向65%を目指す合意: 会社と麻生は、2026年10月1日から当面10年、連結当期純利益に対する配当性向65%を目指すことで合意しています。還元強化の側面がある一方、高い配当性向と、成長投資・内部資金の確保をどう両立するかは論点です。
- 全社利益は足元で減益: 中間期は売上高7.8%増に対し営業利益8.3%減でした。販管費は15.46億円から17.87億円へ増えており、資本施策費用が一過性かを見極める必要があります。
- 連続増益ではない: 2025年9月期は営業利益20.1%減、純利益23.3%減でした。
- M&Aを除く成長率が不明: 中間期の増収には新規連結効果が含まれ、既存事業だけの伸びは確認できません。
- 防災安全事業に特需反動: 中間期は売上高0.5%減、セグメント利益36.5%減でした。
- 流動性が限られる: 福証単独上場の小型株で、希望する価格や数量で売買できない可能性があります。
- 公共工事特有の変動: 発注・検収時期、入札競争、人員不足、資材高により、売上と利益が期ごとにぶれます。
シナリオで考える:希薄化後EPS×PERの試算
結論: シナリオ試算では、すべて増資後の自己株式控除後株式数10,829,446株を使います。結果は目標株価ではなく、利益と評価倍率の前提を分けて考えるための教材です。
| シナリオ | 純利益の仮定 | 希薄化後EPS | PERの仮定 | EPS×PERの試算 |
|---|---|---|---|---|
| 強気 | 8.0億円 | 73.87円 | 16倍 | 約1,182円 |
| 基本 | 6.0億円 | 55.40円 | 15倍 | 約831円 |
| 弱気 | 4.5億円 | 41.55円 | 10倍 | 約416円 |
強気シナリオは、国土強靱化の発注、M&A効果、麻生グループなどとの連携が利益へ表れ、資本施策費用が剥落する仮定です。EPS73.87円は「800百万円÷10,829,446株」、試算値は「73.87円×16倍=約1,182円」です。公共工事の発注遅延、人員不足、M&A先の利益寄与不足、価格転嫁の遅れなどで前提が崩れます。
基本シナリオは、会社予想純利益6.0億円を維持し、希薄化を完全反映する仮定です。EPS55.40円は「600百万円÷10,829,446株」、試算値は「55.40円×15倍=約831円」です。業績予想の変更、温存された既存手元現預金の成長投資への配分、追加M&Aなどで前提が変わります。
弱気シナリオは、公共工事の採算悪化、労務・資材費の上昇、防災安全事業の特需反動により純利益が4.5億円へ下がる仮定です。EPS41.55円は「450百万円÷10,829,446株」、試算値は「41.55円×10倍=約416円」です。建設事業の受注・利益率改善や還元強化が確認されれば、この前提は崩れます。
PERの仮定に唯一の正解はありません。前提が少し変わるだけで試算値も大きく動くため、単一の数字を目標にせず、変化を確認するための幅として扱います。割安株で起こりやすい判断ミスはスタンダード市場で割安な成長株を探すコツも参考になります。
今後の注目ポイント(ウォッチリスト)
結論: 最優先は、通期決算で増資後の正式なEPS・BPSと資本施策費用を確認することです。その次に、第三者割当で温存された既存の手元現預金が、成長投資と株主還元へどう配分されるかを追います。
- 2026年9月期の売上高200億円、営業利益9.40億円、純利益6.00億円の達成度
- 増資後の正式な期中平均株式数、実績EPS、BPSと会社予想EPSの更新
- 資本施策費用の通期総額と、翌期に剥落する金額
- 差引手取概算額58.97億円がFCP18取得へ全額充当されたことと、吸収合併・優先株式消却・費用を反映した正式な純資産
- 温存された既存手元現預金の基幹システム、人材、設備、拠点更新、M&Aへの配分と、ROIC・ROEへの寄与
- 麻生および資材調達先との連携効果に関する定量的な開示
- 麻生の取締役1名指名権、事前承諾事項、議決権50.1%維持合意が将来の資本政策と少数株主へ与える影響
- 建設事業の受注高・受注残、法面工事・交通安全施設の既存事業ベースの成長率
- 建設事業の利益率と、資材費・労務費の価格転嫁
- 防災安全事業における特需反動の終了時期
- 普通株式の年間配当予想36円の維持可否と、2026年10月から当面10年の配当性向65%方針
- 配当性向65%と、成長投資・内部資金確保の両立
- 追加M&A、増資、株式交換などによる再希薄化の有無
- 福証での出来高と売買価格の開き
よくある質問(FAQ)
Q1. 日本乾溜工業のPERは約8倍ですか、約17倍ですか?
A. 使うEPSによって変わります。会社予想EPS116.20円を概算株価955円で割ると約8.2倍です。一方、このEPSは増資前株数を基礎としているため、増資後株数で純利益6億円を割り直した推計EPS55.40円では約17.2倍です。増資後の比較には後者も併記するのが適切です。
Q2. 発行済株式数が約2.15倍なら、株主価値も必ず半分になりますか?
A. 必ず半分になるわけではありません。1株当たり利益や議決権は希薄化しますが、差引手取概算額58.97億円はFCP18取得へ充当され、既存の手元現預金を成長投資へ使える形になりました。今後、その投資が利益をどれだけ増やすかで中長期の1株価値は変わります。
Q3. 増資後PBRは計算できますか?
A. 現時点では算定を保留します。増資手取額はFCP18取得へ全額充当され、吸収合併、第1回優先株式2,000,000株の消却、発行諸費用などを反映する必要があります。次回決算で正式なBPSが示されてから確認します。
Q4. 国土強靱化の20兆円強は日本乾溜工業の受注額ですか?
A. いいえ。2026年度から2030年度までの政策全体の事業規模です。同社の受注になるには、発注、入札、施工能力の確保を経る必要があります。会社の中間決算では法面工事の増加を確認できますが、将来の受注を保証するものではありません。
Q5. 株式会社麻生が親会社になったことは好材料ですか?
A. 営業・施工・資金面の連携は強気材料になり得ます。一方、麻生には取締役1名の指名権と一定事項の事前承諾権があり、議決権比率50.1%を維持するための合意もあります。将来の資本政策や少数株主への影響を含め、今後の開示を両面から確認する必要があります。
この記事の使い方
結論: 日本乾溜工業は「増資をまたぐと、データベースに表示されたEPS・PERをそのまま比較できない」ことを学ぶ教材です。分析と売買判断は分けてください。
決算資料の入手先と読む順番は銘柄分析マスター講座②、分析全体の地図は銘柄分析マスター講座①で確認できます。個別株を検討するときは、ポートフォリオ診断で資産全体に占める割合も点検してください。
まとめ
日本乾溜工業(1771)は、2026年3月末時点で自己資本比率60.8%、ネットキャッシュ概算60.76億円という財務余力を持ち、国土強靱化を背景とした法面工事の増加も確認できます。一方、第三者割当後の推計EPSは約55.40円、概算PERは約17.2倍で、見かけのPER約8.2倍とは評価が変わります。取引後の純資産は正式開示を待ち、温存された既存手元現預金の成長投資、配当性向65%方針との両立、親会社との合意が少数株主へ与える影響を継続確認することが分析の要点です。
出典・データ基準日
- 日本乾溜工業 2026年9月期 第2四半期(中間期)決算短信(2026年5月15日)
- 日本乾溜工業 2025年9月期 決算短信(2025年11月14日)
- 日本乾溜工業 包括的資本政策に関するお知らせ(2026年3月25日)
- 日本乾溜工業 第三者割当による新株式発行の払込完了等(2026年5月21日)
- 日本乾溜工業 一連の資本政策の完了に関するお知らせ(2026年7月24日)
- 内閣官房 第1次国土強靱化実施中期計画(2026年度〜2030年度)
- 内閣官房 国土強靱化年次計画2026 概要(2026年7月3日)
- 日本乾溜工業 公式サイト・事業案内
- トレーダーズ・ウェブ 日本乾溜工業(1771)(2026年7月24日10時50分時点の時価総額10,481百万円)
- 比較用:積水樹脂(4212)株価・株式情報、積水樹脂 2026年3月期決算短信
- 比較用:丸藤シートパイル 2026年3月期決算短信、マネックス銘柄スカウター 丸藤シートパイル(8046)
本記事の基準日は、株価・時価総額が2026年7月24日、財務・業績が2026年5月15日開示の2026年9月期中間決算、資本構成が2026年7月24日開示まで、政策が2026年7月3日決定の国土強靱化年次計画2026までです。推計値は本文中に算式と仮定を示しています。
[免責] 本記事は教育・情報提供を目的とした分析であり、特定銘柄の売買を推奨・勧誘するものではありません。数値は公表資料・市場データに基づく概算を含みます。希薄化後EPS、PERおよびシナリオのEPS×PERは一定の仮定を置いた推計であり、目標株価ではありません。将来の業績・株価を保証するものではなく、投資判断は読者ご自身の責任で行ってください。