「自己資本比率が高い」「営業キャッシュフローが黒字」と聞いても、返済できる時期と金額は別に調べる必要があります。まず比率を自分で計算し、次に現金の動きへつなげてみます。
以下はすべて架空の独立した演習です。実在企業の数値ではありません。 指標の大小で売買や企業の安全性を判定するのではなく、どこを追加で調べるかが分かる記録を作ります。
演習1:同じ貸借対照表から4つの指標を計算する
架空A社の期末残高を次のように置きます。金額は百万円。新株予約権・非支配株主持分・評価差額等はなく、この演習では純資産300を自己資本300とします。
| 資産 | 金額 | 負債・純資産 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金・預金 | 100 | 流動負債 | 400 |
| 売掛金 | 150 | 固定負債 | 300 |
| 棚卸資産 | 250 | 純資産(この例では自己資本) | 300 |
| 固定資産 | 500 | ||
| 資産合計 | 1,000 | 負債・純資産合計 | 1,000 |
流動資産は100+150+250=500です。当座資産はこの演習では「現金・預金+売掛金」の250と定義します。有利子負債は流動負債のうち100、固定負債のうち100、合計200と仮定します。
| 指標 | 算式 | 計算結果 |
|---|---|---|
| 自己資本比率 | 300 ÷ 1,000 × 100 | 30% |
| 流動比率 | 500 ÷ 400 × 100 | 125% |
| 当座比率 | 250 ÷ 400 × 100 | 62.5% |
| D/Eレシオ | 有利子負債200 ÷ 自己資本300 | 約0.67倍 |
流動比率が100%を超えていても、現金100だけでは流動負債400を払えません。売掛金がいつ回収されるか、在庫がいつ・いくらで売れるか、支払いがいつ来るかが必要です。逆に、当座比率が低いだけで直ちに支払不能とも言えません。
実在資料では当座資産・有利子負債の集計範囲を明記します。リース負債を含むかなどでD/Eは変わります。また、純資産と自己資本が常に同額とは限りません。会社の開示値と注記を先に読み、定義の異なる指標を混ぜないようにします。
演習2:利益が100増えても現金が減る
次は架空B社の単純化した1年間です。税金、減価償却、在庫、買掛金、借入、設備投資はないものとします。期首は現金200と自己資本200だけを持つ会社です。
- 売上1,000のうち、現金で850を受け取り、残り150は期末時点の売掛金
- 費用900はすべて現金で支払い済み
損益計算書の利益は1,000−900=100です。一方、現金の増減は850−900=−50なので、期末現金は200−50=150になります。
| 期末の貸借対照表 | 金額 |
|---|---|
| 現金 | 150 |
| 売掛金 | 150 |
| 資産合計 | 300 |
| 負債 | 0 |
| 自己資本(期首200+利益100) | 300 |
売掛金150は売上として利益に含まれていますが、まだ現金になっていません。この演習の営業CFは、利益100−売掛金の増加150=−50とたどれます。
これは「黒字でも手元現金が減る」仕組みの例です。営業CFがマイナスの会社に、原因を確認せず同じ説明を当てはめるのは誤りです。実際には税金、減価償却、在庫・仕入債務の変化なども読みます。
演習3:3区分のCFを現金残高へつなげる
架空C社では、期首の現金及び現金同等物を100とし、次の動きがあったとします。為替換算などその他の調整は0です。
| 区分 | 演習で与えた内訳 | CF合計 |
|---|---|---|
| 営業活動 | 営業活動全体の現金収支 | +80 |
| 投資活動 | 設備の購入 | −120 |
| 財務活動 | 新規借入70−返済20−配当10 | +40 |
期末残高は100+80−120+40=100。残高は変わらなくても、営業で得た現金に借入も加えて設備投資と支払いを行っています。
「現金が減っていないから問題なし」「投資CFがマイナスだから成長中」とは、この表だけでは結論できません。設備の目的、借入の返済期日・金利、投資計画の残りを次に読みます。
営業・投資・財務の区分と現金及び現金同等物の定義は、企業会計基準委員会の作成基準に基づくものです。実際の間接法のC/Fでは税引前利益などから調整するため、演習2の短い式がそのまますべての企業の様式になるわけではありません。
実際のPDFではこの順で照合する
実物の掲載箇所の例として、兼松エンジニアリングの2026年3月期決算短信では、貸借対照表はPDFの7ページ目(印刷ページ5)から、C/FはPDFの14ページ目(印刷ページ12)にあります。この資料は千円単位の明細と百万円単位の表紙が混在します。
- 会社・対象期・会計基準・連結範囲・単位を書き出す。
- B/Sの現金・債権・在庫・負債を転記し、比率の分子と分母を残す。
- C/Fの営業・投資・財務の合計と、その他調整を足す。
- 期首から期末への現金及び現金同等物の増減に合うか確認する。
- B/Sの「現金及び預金」とC/Fの「現金及び現金同等物」が違えば、注記の対応表を読む。
対応が合わないときは、すぐ会社の誤りと判断せず、単位、丸め、預金の範囲、為替換算、連結範囲の変更を確かめます。
記録に残す結論と、残さない結論
演習1なら「当座資産250に対して流動負債400。回収・支払期日の内訳が必要」と書けます。「当座比率62.5%だから危険」と単独で判定するのとは違います。
演習2の売掛金150が翌期に全額現金で回収されたら、売掛金は0、現金は300になります。この回収だけでは翌期に新しい売上・利益は発生しません。前期に計上した債権が現金へ変わったからです。
この違いを自分の言葉で説明できれば、利益と現金を分ける練習は完了です。売上や利益そのものの増減を読む練習は、営業利益率の計算例で続けられます。
本記事は財務諸表の読み方の教材で、実在企業の返済能力、倒産確率、将来業績を判定するものではありません。実物資料の掲載箇所は2026年9月18日に確認しました。